天気予報を見ない日でも、折りたたみ傘は鞄に入れて出ます。一人暮らしの習慣です。帰る場所で、傘を持って待っていてくれる人はいませんから。
傘の使い方は、コールセンターの管理者だった頃に覚えました。電話の中で、です。
その日、私はオペレーターの隣で、受話器から漏れる声を聞いていました。お客様の文句は、同じ説明を求める言葉の繰り返しでした。声は強く、速く、少しずつ枯れていきます。
謝罪を重ねるほど、オペレーターの言葉は硬くなりました。お客様の声は、その分だけ大きくなります。私は手元のメモに、一行だけ書いて差し出しました。
研修で教えていた、仮想的に言うという方法です。「あなたは」ではなく、「私なら」で話します。「もし私が同じ立場なら、何度聞いても腑に落ちないと思います」。
その一言のあと、受話器から漏れる声の速さが、少し落ちました。語尾が低く沈み、間が空くようになります。怒りの奥に疲れが混ざっているのが、私には聞こえました。
あの電話は、通り雨でした。激しく降った分だけ、空気は洗われます。強い浄化でした。受話器が置かれたとき、オペレーターの肩がすとんと下りました。私にとっては、あれが虹でした。
研修資料には、感情マネジメントと書いてありました。けれど、あの日覚えたのは、感情を抑える方法ではありません。降り終わるまで、傘を差して待つことです。
今日、誰かの強い言葉に濡れそうになったら、心の中で「私なら」と言ってみてください。止むまでの時間が、少しだけ楽になります。
傘は、鞄に入れてあります。止んだら、空を見上げて歩き出します。
この記事を書いた人
澪音霊視で鑑定しています。 「見ようとしなくても、見えてしまう」この力は祖母から受け継ぎました。以前はコールセンターで管理職をしていて、たくさんの人の声に向き合ってきました。 ブログでは占いのことや、日々の暮らしで感じたことを綴っています。気軽に読んでもらえたら嬉しいです。

