許せない人がいた時期が、私にもあります。昔の恋愛です。ろくな説明もないまま、連絡が途絶えました。細かいことは書きません。ただ、数年は引きずりました。
電車の中。スーパーのレジ待ち。眠る前。ふとした瞬間に思い出しては、頭の中で言い返していました。相手はきっと、そんな私を知らずに暮らしていたはずです。
ある日、祖母の家でお茶を飲んでいた時のこと。「まだ根に持ってるんでしょ」前置きもなく、そう言われました。図星でした。「その人、今日あんたのこと一回でも思い出した? 重たいのは、あんただけでしょ」祖母はそれだけ言って、何事もなかったようにお茶をすすっていました。
悔しいけれど、その通りでした。恨みは、持っている側の手が塞がるだけ。相手には、何も届きません。
「水に流す」という言葉を、長いあいだ、きれいごとだと感じていました。忘れることだと思い込んでいたからです。でも、忘れなくていいんですよね。起きたことは、起きたまま。川の水は、石を消したりしません。流れていくだけです。ほどくのは、石を握りしめている私の手の方でした。
許すのは、相手のためではありませんでした。自分の手を空けるための選択でした。そしてもうひとつ。あの人を許せなかった私も、あの人を選んだ私も、受け入れていいと気づきました。自分を許すところまで行って、ようやく終わったんです。
今日、頭の中で言い返している相手がいたら、その一言を紙に書いて、捨ててみてください。空いた手で、今日の夕飯を選ぶ。それで十分です。
この記事を書いた人
澪音霊視で鑑定しています。 「見ようとしなくても、見えてしまう」この力は祖母から受け継ぎました。以前はコールセンターで管理職をしていて、たくさんの人の声に向き合ってきました。 ブログでは占いのことや、日々の暮らしで感じたことを綴っています。気軽に読んでもらえたら嬉しいです。

