視えたことを、視えたままに

澪音

机の端に、天然石が置いてあります。水晶とアメジストがひとつずつ。鑑定前の儀式ではありません。ただの定位置です。

この机で、忘れられない鑑定がひとつあります。

連絡が途絶えた彼の気持ちを知りたい、という相談者様でした。視えたのは、背を向けた人の形。私は、こう伝えました。「彼はもうあなたに気持ちがありません」。

その時、ピンとくる感覚は別の形を指していました。背を向けているというより、何かを抱えて動けない形にも視えていたんです。でも、わかりやすい方を選びました。頭で理屈をつないで、言い切りました。

数日後、相談者様からご連絡をいただきました。彼は、まったく別の事情で距離を取っていたそうです。私が言い切ったのは、視えた像ではなく、私がつないだ理屈でした。

その夜、祖母の声を思い出しました。「それは視えたの? それとも、そう思いたいだけなの?」決めつけて話す私に、子供の頃からよく向けられた問いです。答えられない私を、祖母は責めませんでした。ただ、少し遠くを見ていました。

鑑定は、お金をいただく仕事です。間違えた時の重さも、私のものです。自分の恋でも、同じことをしました。聞けばよかった一言を飲み込んで、相手の気持ちを決めて、先に背を向けたことがあります。

それ以来、決めていることがあります。視えたものは、ぼかしません。はっきりお伝えします。ただし、お相手ご本人の言葉としては話しません。「背を向けた形に視えました」。像として、そのままお伝えします。

相手の本当の気持ちは、相手にしかわかりません。私にできるのは、視えたものを、できるだけ正確な言葉に置き換えること。それだけです。

今日、誰かの気持ちを「きっとこうだ」と感じた時は、一度だけ胸に手を当ててみてください。頭でつないだ答えか、直感が先にあった答えか。頭でなく心を優先して、確かめてみる。その一呼吸で、言葉の届き方が変わります。

視えたままの言葉は、ちゃんと届きます🌙

この記事を書いた人

澪音

霊視で鑑定しています。 「見ようとしなくても、見えてしまう」この力は祖母から受け継ぎました。以前はコールセンターで管理職をしていて、たくさんの人の声に向き合ってきました。 ブログでは占いのことや、日々の暮らしで感じたことを綴っています。気軽に読んでもらえたら嬉しいです。